ハニートラップベイビー

※本文にモブ男とのキス表現が含まれます※




 馬子にも衣装というのは今日の私のことを言うのではないだろうか。宝石のような電飾で飾り付けられた姿見の前でくるりと一回転をする。薄紫色のタイトなミニドレス。背中も胸元もやりすぎなほどガッツリと空いたデザインで、私の貧相な胸にはどうにも不恰好な為、胸元で頼りなく結ばれていた飾り紐を少しキツめに結び直した。うん。悪くない。

「おーい、準備できたかよ、と」
「ごめんごめん、もう終わるよ」

 任務に同行しているレノの退屈だと言わんばかりの声が扉の外から聞こえる。とっくに身支度は終わっていたけれど、こんな露出の高い服装を他人に見せたことがないものだからドアノブを回すのを躊躇していた。大の大人が、タークスが、何を恥ずかしがっているんだと頭の中のもう1人の私がせせら笑った。
 ドアノブを回し、扉を押し開ける。薄暗くも煌びやかに装飾が施された夜の店へ私は足を踏み入れた。



*****



 任務を命じられたのはつい先日。ツォンさんの口からキャバレークラブでの任務を言い渡された時、1番に反応したのは私ではなく私の後ろのデスクで退屈そうにくるくるとペンを遊ばせていたレノだった。

「なまえがそんな任務に行くなんて、ウチも人手不足なんだな、と」
「そうですよツォンさん。私には向いていないというか経験不足というか……」

 失礼な言葉にいつもなら一言や二言言い返しているところだったけれど、今回ばかりはレノの言う通りだと発言に相乗りした。タークスに所属して様々な諜報任務に身を置いたことはあるが、人の色欲につけ込むかたちでの諜報活動の経験は一切なかった。仲間達がそういった任務に向かう姿は何度も見送ってきたが、自分に声が掛かることはなかった。客観的にも主観的にも色気も何もない私には"向いて"いなかったからだ。

「なまえが何と言おうと既に決定したことだ。異論は認めない。それに…この人選は既に現地で調査を行なっている他の諜報員からの直々の指名だ」
「指名!?」
「詳しくはこの指示書を確認してくれ」

 すまないが頼んだ。と書類が何枚も閉じられた黒いバインダーを手渡された。今までのどんな指示書よりもずっしりと重たく感じたそれをその場ですぐに開いて目を通す。どれどれ、と野次馬根性剥き出しのレノも私の背後から指示書を覗き込んだ。この男、完全に面白がっている。

「えーっとなになに……ターゲットは六番街スラムを拠点としたら反神羅武装グループの幹部で……目的はターゲットの捕縛……」
「ちょっと、勝手に見ないでよ!!」

 私の静止など気にも止めず指示書を読み進めるレノ。どうしてツォンさんは止めてくれないのだろう。いつもならこの行動を叱咤しているはずだ。

「ターゲットが定期的に通っているキャバレークラブのキャストとしてターゲットへ接触を図り、店内VIPルームまで誘導。別隊員と協力の上そこで捕縛、と」
「VIPルーム?」
「平たく言えばVIPルームという名のヤリ部屋、だな」
「……なるほど」

 ターゲットの捕縛にあたって相手が孤立し、油断や隙の生じるタイミングを狙うというのは鉄則だ。正面から捕縛する事も可能だが、オフのタイミングを狙おうと相手は武装グループ。リスクを限りなく減らし、被害は最小限に、確実な方法を選択する必要がある。その為の任務なのだ。……と、頭では分かっていても不安が込み上げる。私に務まるのか?しかし与えられた任務だ、やるしかない。

「最善を尽くします……」
「ククッ、おい、ここになまえが選ばれた理由書いてあるぞ、と」
「え?どこ?」
「えー、【なお、諜報員選定にあたりターゲットの趣味嗜好を考慮。キャバレークラブにて入籍して日が間もない新人キャストを好みVIPルームに同席させる事が多い。】だと」
「…的を射た選択ではあるわね」

 こういった店での知識、振る舞い含め素人感でいえば悲しいかな私の右に出るものはいないだろう。本物を見せつけてやるしかない。そんな私の頭をひーひー笑いながらレノの手がくしゃりと混ぜた。

「まあがんばれよ、と。俺も捕縛係、頑張るからよ」
「…え!?」
「いやー楽しみだなあ、なまえのキャスト姿」
「おいレノ、これは遊びではない。いい加減口を慎め」

 ツォンさんの一言にへいへいと空返事をして私の肩にぽん、と手を置く。「ま、そゆことだからヨロシク」と言い残してレノはフラフラと部屋を後にした。ツォンさんがレノを始め咎めなかった理由が分かり頭がくらくらした。もしかして、もしかしなくても、指示書にあった捕縛にあたる別隊員というのは。

「ツォンさん今の話だと……」
「そうだ。今回はレノと組んで任務に当たってもらう。これも決定事項だ」

 どうしてよりによって、レノが同行するだなんて…。叶うことならば同行者はルードが良かった。ルードなら面白がったり、ネタにするなんてこと絶対にしないから。それより何より、見ず知らずの男に媚びへつらう姿をレノに見られるのが恥ずかしくてたまらなく嫌だった。ルードはいいけどレノはダメだ。口が堅いとか、軽いとか、そういった理由もあるけれど、もっともレノに対する個人的な感情が大きい。密かに、想いを寄せる異性にそんな姿を見られたいと思う女がいるだろうか……と、思う事は多くあったけれど全て飲み込んだ。大切なのはタークスとして任務を全うすること。私情をついつい挟んでしまう自身の未熟さに喝を入れる。

「……問題ありません、取り乱してしまい申し訳ございませんでした。必ず任務は成功させます」
「ああ、期待している。……アイツもああは言っているが、不慣れなお前のことを心配していた。当日はサポートに徹してくれるだろうから安心してくれ」

 無理はするなよ。と少し優しい声色で私に声をかけると作業中のパソコンに視線を戻した。バインダーを持つ手がじっとりと緊張の汗をかいていた。



*****



「へえ、なるほどなるほど」
「…あんまり見ないでもらっていい?」
「減るもんじゃないし、いいだろ?」
「そう言うレノも、珍しい格好してるけどね」

 白いシャツに黒いベストというボーイに扮した姿で楽しそうに私を上から下まで視線を這わせてニヤついている。…恥ずかしすぎる。けれどここで騒いだらますますこの男に面白がられるのは目に見えていたので平然を装った。指示書に目を通しながら、レノの姿を目に焼き付ける。かっちりした着こなしのレノなんて超レア。本人は違和感があるのか何度も首元のタイを閉めたり緩めたりしていてちょっと笑えた。…なんて、考える余裕がある自分に少し安堵する。

「レノさん、なまえさん、そろそろ宜しくお願いします。」

 指示書を確認しながら店のバックヤードで待機をしているとボーイに扮した諜報員が声を掛けてきた。いよいよ、ターゲットが来店したということだ。調査報告通り、席に着くや否や入りたての新人を希望してきたとのこと。どれだけこだわりがあるんだ。まあそのおかげでこうやって対策が練れるわけだけど。
 じゃあ行ってきます、と平然を装ったつもりが存外に私の声は震えを伴っていた。なさけない。もっと難しい任務なんていくらでもあったはずなのに。両手のひらにじっとりと滲んだ汗を短いスカートの裾で拭う。

「名演技だな、と」
「演技ならよかったんだけどね……」
「ま、そもそも席についてすぐチェンジの可能性もあるんだしそう硬くなるなって。ま、俺だったらこんな胸の……イテェ!」

 隣に立つレノの二の腕をギュッとつねった。緊張よりも隣で揶揄ってばかりのこの男を見返してやりたい、という気持ちがふつふつと湧いてきた。

「…かんっっぺきにこの任務終わらせてみせる」
「お、おい?」
「いってきます」

 いつのまにか、声の震えはおさまっていた。なんだかんだ今回の任務の人選は、あながち間違っていなかったのかもしれない。




 ボーイのエスコートで向かった先、店内の隅に鎮座する漆黒のL型のバーソファにターゲットの男はいた。武装グループの幹部だというから筋骨隆々の大男を想像していたが、座っていたのはレノと同じような背丈体型の中年の男だった。黒い皮のジャケットに身を包み、ジャラジャラとシルバーのアクセサリーを体のあちこちに携えている。正直言って、趣味が悪い。

「新人のなまえです。お隣、大丈夫ですか?」
「へへ、やっと来たかよ」
「しつれいしまぁす」

 あれこれと不安になっていたけれど、実際に現場に出てしまえば場面は違えど諜報任務での経験は身体が覚えている。自然と声のトーンがひとつ上がる。男の視線が私の頭のてっぺんから爪先まで舐めるように走るのを感じる。気持ちが悪い。

「なまえちゃん、ね。ヨロシク。こういうお店で働くの初めて?」
「そうなんです。でも、楽しんでもらえるように頑張ります!」
「いいねぇいいねぇ。じゃ、俺が教えてやらないとな」

 色々な、と下卑た笑みを浮かべながらボーイを呼ぶ。肌がぞわりと粟立つのを感じたが、笑顔を貼り付けながらターゲットの隣に腰を下ろす。何飲む?と男は上機嫌にメニューを開く。ハウスボトルとは別に私にドリンクを頼んでくれた。掴みは悪くない。チェンジは免れた。

 程なくしてトレーを席まで運んできたボーイの手によってアイスペールとハウスボトル、割りもの、そして男が私に頼んでくれたドリンクをテーブルに並べられた。マニュアルで読んだ通りお酒を作る。好みの濃さを確認してからグラスにウィスキーとミネラルウォーターを注ぎ、マドラーでくるくるとかき混ぜる。カラカラとグラスの中で氷を踊らせると、突然マドラーを握る私の手を男が掴んできた。

「マドラーは時計回りじゃなくて、反時計回りにね」
「ご、ごめんなさい!」

 こっちね、こっち。と私の手を握りながらゆっくりマドラーを左回りにかき回す。がさついた男の指が、楽しむように私の肌を撫でる。「くすぐったいですー!」と黄色い声をあげるも、すでに泣きたい気持ちでいっぱいだった。はあ、はやく終わりにしたい。手っ取り早く飲ませて、楽しませて、VIPルームという名の地獄にこの男を連れて行こう。





 それから何度男のグラスに酒を注いだだろう。ボトルが軽くなるのに比例して、男との距離が近くなっていく。私の太ももや手を控えめに撫でていた男の手は、いつの間にか私の肩を抱いていた。かわいい、かわいい、と聞きたくない囁きが耳元に響く。当たり前だけど、私に運ばれてくるドリンクはノンアルコールに変えてもらっているので、素面でこの状況はしんどいものがある。はやくこの任務を終わらせたくてカラカラと新しいドリンクを作りながらターゲットをVIPルームに連れて行くための手段をアレコレと思考を巡らせる。事前にシミュレーションをしていたが実際には難しい。ストレートに誘うべきか、もう少し酔わせるべきか、はたまた可愛く酔ったふりをして誘導をするか。
 出来上がった水割りを男の前に渡そうとしたその時、視界が突然塞がれた。鼻をかすめるアルコールとタバコのにおい。唇に押し当てられているものが男の唇だと気付くのにそう時間は掛からなかった。

「…んっ、やっ!」

 反射的に身体がそれを拒み、覆い被さろうと近付いてきた男の胸を押し返す。パリン!と手から滑り落ちたグラスの砕ける音がした。

 やって、しまった。

 サーっと自身の頭から血が引いていくのを感じる。こんな、想定内のスキンシップで動揺するなんて馬鹿みたい有り得ない。何週間も前に先乗りして調査をしてくれていた諜報員、私を信頼して送り出してくれたツォンさん、同行してくれたレノ、色んな人の顔が脳裏を駆け巡った。全て、私が台無しにしてしまった。

「あの、申し訳ございません!今のは……その……」
「……オイ!」

 男のゴツゴツした手が、男を押し退けた私の腕をぐい、っと力強く掴み上げる。痛い。その気になれば、このままこの男を床に組み敷くことは可能だ。でもそんなことはできない。フロア中の視線が、私達に集まってしまっている。これ以上騒ぎを大きくすることは、任務の失敗を意味していた。

「新人だからってふざけてるのか?ん?」
「あーお客様申し訳ございません。ウチのキャストが大変失礼を致しました!」

 飄々と火中に飛び込んできた声と姿に目頭が熱くなる。レノだ。そのこびへつらった態度とは裏腹に、瞳の中にチリチリと苛立ちの炎を灯していることにすぐに気が付いた。私の、失態のせいだ。

「はっ、ボーイ風情の謝罪でこの溜飲をどう下げろってぇ!?」
「お客様の仰る通りです」
「気分悪くさせやがって……どう責任取ってくれるんだ?ん?」
「い、いたっ……」

 尚も強く握られる腕が痛い。アザが残るんじゃないかと思うほどの力が男の手に込められる。力だけで言ったら、この男には敵わない。何か考えがあって動いているであろうレノに呼吸を合わせるほか私に出来ることはなかった。でもどうやって?機嫌を損ねたこの男をあの部屋に連れていくことはほぼ不可能だ。
 そんな心配をよそに近付いてきたレノが男の前に跪き、金色に装飾された小さな鍵を差し出した。見たことないような営業スマイルがレノの顔に貼り付けられている。

「差し支えなければ、ウチの新人を"教育"して下さいませんかね?」
「……ほう?」
「まだVIPでの経験も積んでおりませんので、是非お客様にご教授願えれば、と」

 男の怒りに満ちた表情が、下卑た笑みに変わっていくのを感じた。

「ふん、店からのお願いなら、仕方ないな」

 乱暴に差し出だされた鍵を受け取り、ニヤリと笑う。レノの完璧なサポートに感激して目頭を熱くさせていた私を見て、勘違いした男が「俺は意外と優しい男だからな」と興奮した様子で私の手を引いた。店の奥へ、VIPルームへと向かった。レノのおかげで、難局を乗り越えることが出来た。扉の奥で何をされようが、大きな失態をやらかした私に出来ることはレノ達にこれ以上迷惑をかけずに、任務の遂行だけを考えることだけだ。残されたレノ達が、周囲のテーブルについた人々へ謝罪に回っているのが横目に見える。あれが終わるまでの辛抱だ。

 男が重厚な黒い扉を開けると、部屋はまるでラブホの一室だった。大きなベッドに小さめのソファ。レノが言っていた通りあからさまな"ヤリ部屋"だ。部屋の扉ががちゃりと閉じられる音と共に私はベッドへ乱暴に押し倒され、馬乗りにされる。驚くほどにそこは柔らかく予想していたような衝撃は訪れなかった。

「こっちでの接客は初めてか?ん?」
「それは……っ!」

 答える暇など与えらずにまた男のガサついた唇が押し当てられる。泣きたいほどの不快感に襲われる。唇を、割って入ろうとするものを歯を食いしばり、首を振り必死に拒む。もうこの男を押し退けて、取り押さえても問題はない頃合いだけれど、きつくベッドに縫い止められた両手のせいでうまく抵抗ができない。生理的に滲み出た涙が一粒頬に伝うのを感じた。はやく、早く来て。
その願いも虚しく暴れるな!と男の手が高く振り上げられる。殴られる。来る衝撃に備えて堅く目を瞑ったその時、覆いかぶさる男の背後から待ち侘びていた声が聞こえた。

「おい、ゴミ野郎」

 鈍い打撃音が部屋に響くと共に、男が脱力した。もう完全に意識を手放しているかの様に見える男の胸ぐらを掴み、反対の手で頬を何度も殴り付けるレノ。オーバーキルとはこのことを言うのだろう。いい加減、死んでしまうのではないかと心配になり尚も拳を振りかぶるレノに静止を求めた。

「レノ、それ以上は死んじゃう!」

 レノは不機嫌を隠さずに小さく舌打ちをして男から手を離した。床に倒れ込んだ男の肩は小さく上下している。よかった、気を失っているだけで息はしている。
どっと身体の力が抜ける。さまざまな感情が胸の中でぐるぐると渦巻く。任務を無事にやり遂げることが出来たという安心感。この生理的に受け付けることが出来ない男の魔の手から逃れることが出来たことに対する安堵感。私の未熟さのせいで目の前で佇むレノの手を煩わせてしまった罪悪感。彼の瞳の奥に灯っていた炎の色を思い出す。当たり前だけど、相当に怒らせてしまったな。素直に謝ろうと思った。

「レノ、ごめんなさ……んぶわっ!」

 ものすごい剣幕で近付いて来たかと思えば、ぐいぐいと乱暴に、私の唇をレノの指が拭った。

「口紅、こんなによれるまで……クソッ……」

 その一言で分かった。レノの怒りは私に向けられたものではなくて床に伏しているこの男に対してのものだった。唇を拭う指はとても乱暴なのに、頬に添えられた手は壊物に触れるかの様に優しくて。変な目にあわせてゴメンな、とこぼしたレノの声に少し苦しそうな響きが含まれていて。謝らなければいけないのは間違いなく私の筈なのに、レノが心配してくれていたことが痛いほどに伝わってきてぽろりと涙がこぼれてしまった。辛かった時に優しくされると涙が出てしまうのはどうしてなんだろう。大丈夫だと言いたかったけれど、こぼれた涙がそうではなかったと代弁している。その涙も、優しく拭ってくれた。

「何された?キス?」
ん……」
「舌は?」
「……へ?」
「舌は入れられたのか?」

 唐突にセクハラまがいのアンケートが始まり間抜けな声を出してしまった。その質問の意味が分からずに唖然とする私にその後も真面目な表情で胸は揉まれたのか下は触られたのかと事細かに聞き取られる。一通り聞き終わるとじゃあキスまでだな。と独り言のように呟く。レノの不可解な行動にいつの間にか涙も引っ込んでいた。いつものように、軽口も自然と浮かんできた。

「……普通、泣いてる女の子がいたら慰めたりするもんじゃないの?」
「そのつもりだぞ、と。」

 返答の意味が分からず瞬いた瞬間、レノの真っ赤な前髪が、端正な顔が、私の視界を埋めた。唇に唇に押し当てられた柔らかい感触がレノの唇だと認識した瞬間、私の胸が壊れるほどに暴れ出した。あの男と交わした乱暴な接吻を上書きするかのように、男には侵入を許さなかった熱いレノの舌を迎え入れる。こんなヤリ部屋には相応しくない、あまりにも丁寧な口づけをした。
 目蓋を上げると、翡翠の瞳もまたこちらを覗いていた。急に羞恥心が湧き上がり、私からそっと唇から離れた。そんな私を楽しそうに見詰めるレノ。

「ハイ、これで俺の方がヒドイことしたぞ、と」
「……ほんと、ひどい。トラウマだよ」

レノのこと、好きじゃ無かったらね。と小声で付け足す。私の気持ちなんて全部知ってたみたいにレノは意地悪そうな笑みを浮かべた。




*****




「なまえ、大変みたいだったな」
「え?なんのこと?」

 デスクで顛末書を作るためにパチパチとキーボードを叩いていると、珍しくルードから声を掛けてきた。その……アレだ……と口籠る様子を見てこの間の諜報任務の事か、と察した。結局あの後本部への男の引き渡しは無事に終わり、私の醜態と共に本部へ任務の完了報告はなされた。結果としては任務はうまくいったが、私個人としては反省してもしきれない散々な結果だった。

「そんなことないよ。むしろ、大変だったのは他のメンバーだよ」

 自身の醜態を思い出してハハ、と乾いた笑いが漏れた。

「まあ…なんだ。結果、レノが行くことになって良かったな」
「結果?」

 聞いてないのか?と口にして、しまった、とバツの悪い顔をする。まるで元々はルードが行く予定だった口ぶりに、ソファでぷかぷかタバコをふかしているレノに視線を向ける。

「ちょっとゴネたら、交代してもらえたワケ」
「ちょっとじゃない。物凄く、ゴネていた」
「言うな!…おい。なまえもニヤニヤしてんじゃねえぞ、と」
「ふふ…ごめんごめん」

 交代を希望するほどに私のことを心配してくれていたことがわかって、頬が緩むのを止めることが出来なかった。

「…まっ。また趣味の悪いターゲット相手の任務があれば、サポートぐらいしてやるよ、と」
「趣味が悪い!?ねえ本当に一言多いよね!」
 
 ぎゃーぎゃーと言い合いを始める私たちを他所にルードは大きくため息を付いた。

「お前達…もっと素直になれ」

呆れたようなルードの声が聞こえたけれど、私たちがそんな関係になるのは、もう少しだけ未来の話。


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